まず、量子力学ならび量子力学に従う物理系においては複素数が本質的であり複素数は絶対値と位相に分けられることに注意しましょう。これだけわかれば、量子力学での位相の効果のどうしても取り除けない「本質的」部分が「幾何学的位相」であると言えます。

技術的には量子系における記述はある空間での演算子並びにある基底によるその行列要素を用いてなされます。そこでは種々の基底変換の自由度があり、それ に対応して複素量としての行列要素は変更を受けることに注意しましょう。この基底変換の自由度は完全に自由ですが、実際の量子系における古典的対応物のある物理現象はこの任 意の変換の自由度に影響を受けることは決してなく、不変な形で表現されなければなりません。数学的にはここでの(基底)変換に対応してある種のゲージ変換 が引き起こされることになるのですが、物理量はこのゲージ変換に対して不変であるというわけです。簡単な多くの場合、基底変換は行列要素の複素数としての 位相の変化をもたらします。古い量子力学の教科書等ではこの基底変換に伴って起こる位相変化は意味がないとの記述すらある1のです が、波動関数の位相なら何でもゲージ変換で完全に消去できるわけではなく、一見この勝手に変化する位相のなかにも決して無視できない物理的意義を持つ (少し拡張した意味で「ゲージ不変な」)ものがあり、それらを称して幾何学的位相と呼ぶのです。物性論における重要な概念である「量子力学的揺らぎ」、「量子干渉効果」その他、 いわゆる「量子効果」は最終的にはこの幾何学的位相として理解されることが多いのです。
この幾何学的位相が重要な寄与をする物理現象の典型例としては量子ホール効果、ベリー位相、アハロノフ・ボーム効果、分数統計粒子系などがあげられます。