本研究室では物理学、特に物性物理学(物性論)の理論的な研究を行っています。現在 筑波大学数理物質系物理学域に属しています。広い意味での物性理論に関して理論的に興味深い現象を発見しその物理を理解すべく、解析的,いわゆるトポロジカルな手法や数値的方法をもちいて広い分野にわたった研究をおこなっています。



物性物理学とはいろいろな物質の性質を理解し、物質中でおきる現象を物理学的観点から明らかにする学問です。量子力学がその成り立ちから原子の分光学と密接に関連することをよく知られていますが、他にも物理学的な多くの概念は物性物理学で見いだされその普遍性により全物理学に拡がっていったものが多数あります。「対称性の破れ」、「相転移のランダウ理論」、「ランダム系の物理」、最近では「ベリー位相などの幾何学的位相」「量子もつれ」などがその例と言えるでしょう。物理学的に考えたとき、物質中にこそ新しい原理、物理学的なしくみ,構造が潜んでいるのです。まだ明らかになっていない「自然界の構造」それを明らかにしていくことが我々の研究の目的です。

物理帝国主義といわれることもありますが、物理学は新しい分野を常にその中へ取り込んできましたし、これからも取り込んでいくでしょう。計算機科学や量子情報分野が物理学の中から生まれてきたことがその一つの例です。我々も新しい物に対して前向きでかつオープンであるというその基本的な気概は常に持ち続けたいと考えています。

この数年は、歴史的にはトポロジカル相の研究の過程から生まれてきたバルクエッジ対応と呼ばれる概念をより一般化して「バルクエッジ対応の科学」として広く普遍化するための研究を主に行っています。

Y. Hatsugai, T. Fukui, and H. Aoki, Phys. Rev. B 74, 205414 (2006)
研究対象の一つの例:グラフェンと呼ばれる単層炭素による2次元ハニカム格子上の電子は固体中の相対論的Dirac粒子と呼ばれます。この系に磁場を書けると図のようなフラクタル構造がエネルギー準位にあらわれます。この系における量子ホール効果はDiracの負のエネルギーの状態を全て占有することで生ずる多体問題となります。その解析にはベリー接続とよばれる量子論固有の幾何学的位相が重要な役割を果たし、特にベリー接続として誘起される非可換ゲージ構造と位相不変量が議論の焦点となります。詳しくは論文等をご覧ください。

$$\psi=(|\psi_1\rangle,\cdots,|\psi_M\rangle)=\psi_g g,\ \psi^\dagger\psi=E_M,\ g\in U(M)$$ $$A=\psi^\dagger d\psi=g^{-1}A_gg +g^{-1}dg $$ $$F=dA+A^2=g^{-1}F_g g=d\psi^\dagger d\psi+(\psi^\dagger d\psi)^2=\psi(P(dP)^2)\psi^\dagger,\ P = \psi\psi^\dagger $$ $$i \gamma=\int_C \text{Tr}\, A=\int_C \text{Tr}\, A_g=i\gamma_g,\ \text{mod}\, 2\pi$$ $$\text{Ch}^1={\frac 1 {2\pi i}}\int_S \text{Tr}\, F={\frac 1 {2\pi i}}\int_S \text{Tr}\, F_g=\text{Ch}^1_g $$


 

Y. Hatsugai, J. Phys. Soc. Jpn. 73, 2604 (2004)
“Explicit Gauge Fixing for Degenerate Multiplets: A Generic Setup for Topological Orders”
Y. Hatsugai, J. Phys. Soc. Jpn. 75, 123601 (2006)
“Quantized Berry Phases as a Local Order Parameter of a Quantum Liquid”
Y. Hatsugai, New J. Phys. 12 065004 (2010)
“Symmetry-protected \(\mathbb{Z}_2\)-quantization and quaternionic Berry connection with Kramers degeneracy”
[(主に)我々の研究室の大学院進学を検討されている方へ] 研究は論文にして公開しなければ研究としての意義を持ち得ません。いくら大理論を勉強して理解したとおもっても,それは誰かの研究の成果であって、まだ自分たちの研究にはなりません。逆に、どんなに小さなことと思えてもまだ誰もやってないことなら、きっとそこには大事にすべきものがあるはずです。同じことを人と競争してやるのも研究ですが、「個性」つまり、あなたにだけ、君にだけ、そして私にだけしかできないことをやり、それを世の中に公開する。それが研究です。勿論何をやるのかが第一義的に重要であることはもちろんです。意義のないことを延々とやってもこれまた全く無意味です。そしてそれ以上にその意義あることをやるためには、何をやらないのかが大事でもあります。光陰矢のごとし、無限に生産的ではいられないはずです。