[1]Y. Hatsugai, “Chern Number and Edge States in the Integer Quantum Hall effect”, Phys. Rev. Lett. 71, 3697 (1993)量子ホール効果は2次元電子系にて実験的に測定されるホール伝導度が極めて高い精度で量子化される現象であり、その発見(Klaus von Klitzing, 1985) に対してノーベル物理学賞が与えられました。現在では、この系の量子基底状態はいわゆるトポロジカル相の典型例かつ最初の例であると考えられています。トポロジカルとは、遠い近いという概念を無視して、つながっているものはつながってるままにするような変形をすべて許したとき、それでも生き残る概念をさします。例えば、取っ手のついたコーヒーカップと浮き輪は粘土から穴が1つあるという性質はそれらが粘土から出来ていると見なせば、連続変形できることが想像していただけるのではないでしょうか?量子ホール効果はこのようなトポロジカルな量に支配されている現象であり、それ故、異常なまでの高精度でその量子化が実現するのだと考えられているのです。その後、今日までの多くの研究によって、今日では、このようなトポロジカルな起源をもつ物質相は他にも多種あり、量子的な物質相としては、ある意味で典型的でさえある重要な相であることが認識されるようになり、量子ホール相と同様のトポロジカルな起源を持つ絶縁体はトポロジカル秩序の名の下に多様な物質相を包括する一群の物質相であることがわかってきました。近年話題の量子スピンホール相もその一つと考えられます。これらのトポロジカル秩序相はバルクには一切特徴をもたず、如何なる対称性の破れを伴わなず特徴の無い、いわば「のっぺらぼう」の相であり、唯一バルクのホール伝導度が特徴的物理量であり、これはチャーン数とよばれる一般のベリー接続から定義されるトポロジカル不変量にて記述されることとなります。一方で物理系が境界があるとき、その系の境界には典型的な局在状態が系の細部の委細にかかわらず、特定の形であらわれます。この局在状態はエッジ状態とよばれますが、これがまたある種のトポロジカル不変量を定義し、これが境界のある系のホール伝導度をあたえるのです。この論文ではその2つの位相不変量のあいだの関係を厳密に与えました。もちろん熱力学的物理量を考える際、系に境界があるかないか等は無限体積極限で無視できることとなりますが、トポロジカル相においては、系が境界を持つときにあらわれる局在状態としてのエッジ状態こそが系の特徴と考えられるのです。これらのバルクとエッジの相互関係を「バルク・エッジ対応」とよびます。このバルクエッジ対応の立場からは、非自明なバルクの存在は非自明なエッジ状態の存在を示唆し、逆にまた特徴的局在状態としてのエッジ状態はバルクが非自明なトポロジカルな相であることを意味するのです。この論文でトポロジカル相の典型例である量子ホール系に関して、厳密に「バルクエッジ対応」が初めて示された後、多くの研究で他の系での成立が確認され、現在では、この「バルクエッジ対応」の概念はより広くトポロジカル絶縁体や更にトポロジカル相一般において成立するきわめて普遍的なものであると今日では広く信じられつつあります。 また、その後21世紀になって、このようなバルクとエッジの非自明な関係は必ずしも量子系に限らず、フォトニック結晶や古典力学系でも成立することも明らかとなってきました。トポロジカル相は量子系以外にも存在するわけです。多くの実験事実に支えられ「バルク・エッジ対応」も量子系に限らずより普遍的な概念となりました。
[2]Y. Hatsugai, “Edge states in the Integer quantum Hall effect and the Riemann surgace of the Bloch function”, Phys. Rev. B48 11851 (1993)量子力学的な波動関数には2種類あります。平面波に代表される拡がった状態(extended state)と箱形ポテンシャル中のような束縛状態です。この2つを十分大きな箱の中で規格化して考えたとき、拡がった状態は全体に振幅を持ちますので規格化定数が系の大きさに依存しますが、束縛状態は局在していますので系のサイズに規格化定数は依存しません。そこで系の大きさを無限大にした極限を考えると拡がった状態の規格化定数は無限大になりますが、これで規格化すると振幅がゼロになってしまします。つまり、拡がった状態は規格化できず、逆に規格化できる状態を束縛状態とよびます。このように拡がった状態と束縛状態とは系のサイズが無限大になったときはじめて本質的に区別されることとなります。平面波の波数はそのエネルギーの平方根に比例します。さらに束縛状態は波数を純虚数にすることで記述されます。よってこの2つの状態を同一の土俵で議論するために波動関数をエネルギーの関数とみると平方根が虚数になる領域を考えなければなりません。そのためには普通エネルギー軸の負の領域にブランチカットをいれて多価の複素関数を議論することとなりますが、複素関数論によりますと複素エネルギー面を考えることで幾何学的にわかりやすい議論がなされることとなります。 量子ホール系をシリンダー上で考えるとき、この拡がった状態はエネルギーバンド、ランダウ準位に対応し、束縛状態はそのエネルギーがエネルギーギャップ内にあるエッジ状態となります。冷却原子系、光学格子、トポロジカル絶縁体等への応用を念頭に格子上の周期場中の問題を考えると空間の周期をqとすれば、エネルギーバンドはq個存在します。よってバンドではさまれたエネルギーギャップはそれより1つ少ないg=q-1個あることになります。量子力学での束縛状態と同様にバルクとエッジを同一の理論の中で考えるためにはやはり複素エネルギー面を考えることが必要となります。具体的にはq個のエネルギーバンドの領域に全てブランチカットをいれて2枚の複素エネルギー面を1点コンパクト化してリーマン球としたもの2個をブランチカットに沿って貼り合わせることで複素エネルギー面が完成します。周期場中の場合この複素エネルギー面はギャップの数g個の穴のあいた浮き輪となります。これを種数gのリーマン面とよびます。 貼り合わせた複素エネルギー面としてのリーマン面を持ち出すことの利点の1つは平方根の正負がリーマン面の位置で確定することにあります。同様の議論は周期場中の議論でも成立し、リーマン面上の位置のみで波動関数を持ち出さずにでシリンダーの右端に局在するエッジ状態か左端に局在するエッジ状態かが確定することになります。量子ホール系の場合、シリンダーの半径方向の波数kyを一つ定めることで決まる1次元系ごとにこの議論をするわけですが、kyはゼロから2πまで変化することと0と2πは同じ系であることに注意すれば、エッジ状態を定めるエネルギーは種数gのリーマン面上そのg個の穴の周りを何回か回ることになります。ここでラフリンの議論を併用するとこのリーマン面上の回転数がそのギャップにフェルミ準位があったときの多粒子系のホール伝導度となるのです。このようにリーマン面上の回転数によりエッジのある系のホール伝導度は与えられます。回転数は常に整数のトポロジカル不変量ですので、量子ホール系のホール伝導度がエッジ状態を用いてトポロジカルに記述されたこととなります。