量子論における確率解釈:粒子の運動は各時刻における粒子の場所を指定すれば完全に確定します。例として1次元的な運動をする粒子を考えてみましょう。たとえば、量子細線の中の粒子や塀の上を歩いている猫などを想像してみてください。このときは、横軸に時刻、縦軸に粒子の位置をプロットした紙に書いたグラフ、中学以来学んだグラフですね、これを書けば粒子の運動が決定されたことになります。このグラフのことを世界線とよびます。1次元の粒子の運動を決定する世界線は 1+1=2次元の時空間(紙の表面のことです)の中の曲線ということになります。実際の粒子は3次元空間の中にありますから世界線は3+1=4次元の中の曲線ということになります。この世界線を経路とすこし親しみをふくめて呼びましょう。  勿論古典的には粒子の運動する経路はNewtonの運動方程式に従う特定のものとなります。実際に実験、観測をするとその特定の経路が実現するというのが古典的な物理学の予言です。このような古典力学による記述はきわめて正確であり、日常生活における物ごとの記述においてその成立に関して疑うところは全くありません。(いまでは携帯電話に標準装備となりつつあるGPSの動作には相対論的補正が重要だとはよく知られたところですが、量子論的補正が日常生活で必要だとはいまのところ聞いたことはありません。)  それにも関わらず古典論を包含すると考えられている量子力学による物理学は粒子の運動に対してもすこし異なった予言をします。量子力学によるとすべての可能な世界線をたどる事象は全て原理的には起こることがあり得ることになります。古典的には決して起こらないいわばとんでもない事象も原理的にはおきることを許容するのです。ただ、実際の実測、実験を行ったとき、その全ての経路(事象)はある特定の確率で観測されることを量子論は主張します。常識的には起こらない事象の起こる確率は極めて極めて低いならば、常識と矛盾しないわけです。猫がタイプライターをたたいてシェークスピア全集を全て書き出すこともそれこそ原理的には可能なはずですが、猫にベストセラー作家の座を奪われる心配をする作家がいないのと同様に、通常の設定では古典論の予言が外れることは無いわけです。

確率振幅の重ね合わせの原理:ある特定の事象(経路)が起こる確率は確率振幅とよばれるある複素量の絶対値の2乗で書けると量子論は主張します。さらに、量子論ではこの確率振幅に対して「重ね合わせの原理」が成立することを要求します。量子論における波動性とは基本的にこの重ね合わせの原理にその基礎をもちます。確率振幅が池の波や音波などと同じ波動だというのです。波動現象の最も際だった特徴は干渉が起こることにあります。最近某電機メーカーから消音タイプのヘッドホンが販売されています。騒音のひどいところでもそのヘッドホンを使うと聞きたい音楽だけが聞こえて、周りの騒音は消えてしまうと言う、一見魔法のようなヘッドホンです。(私も持ってました、今は、どこかにいってしまいましたが、、でも確かに効果ありました)。このヘッドホンは、外部の騒音と逆位相の音波を聴きたい音楽に重ね合わせて耳の近くで出力しているのです。(たぶん、)音の強度、つまり聞こえる音の大きさはそれぞれの音の大きさの和になるわけではなく、波動の振幅を重ね合わせてからつまり足しあわせてから(絶対値の)2乗をとったものがその大きさとなります。バネのエネルギーが伸びxの2乗(バネ定数kならkx^2/2)となるのと同じです。日常生活ではうるさいところで大声をさらに出されるともっとうるさくなるので、音の大きさがどんどん加えられるように感じますが、これはそれぞれの騒音が全く勝手な騒音だからです。(騒音ですから当然ですね)これを物理的には「コヒーレントでない」非干渉性の音と呼びます。このような音については振幅の重ね合わせから大きさの加法性が導かれます(簡単な三角関数の計算ですが、ここではこれ以上の説明はやめます)。某電機メーカーのヘッドホンからはこのような勝手な音でなく、可干渉性(過干渉ではなく)のコヒーレントな音が出ているはずです。これをかさねあわせると音の大きさは増えないで減る、つまり消音効果をもつのです。量子論では事象の生起確率が確率波の大きさ(つまり振幅の絶対値の2乗)となることをその基本原理と考えます。日常の生活での物事の生起確率を支配する確率振幅は可干渉性をもたず、コヒーレントでないので、例えば英語の試験で10点をとることと20点をとることは独立となって排反事象に関する確率の加法定理が成立します。つまり10点をとる確率が1割あって20点とる確率が2割あるなら、10点か20点を取る確率は3割になるわけです。騒音が積み重なってますますうるさくなるのと同じです。

すこし具体的に議論を進めると量子論によれば、ある可能な経路に対する確率振幅はexp(i 2pi S[経路]/ h) と書けると考えられています。ここでS[経路] はその仮想的な経路に関する作用積分と呼ばれる量で[エネルギー×時間]=[長さ×角運動量]の次元を持つ物理量です。解析力学を学んだことのある人は聞いたことがあるとおもいます。またここで出てきた h は量子論の基礎付けに多大な貢献をしたプランクにちなんで名付けられたプランク定数で量子論固有の唯一の定数です。この定数は先ほどの作用とおなじ[エネルギー×時間]の次元をもっていてMKS単位系やcgs単位系ではかると0.000とぜろが30個ぐらい続く程度に日常の生活感覚的にはとても小さな定数です。 exp[ i 2pi S] は複素指数関数と呼ばれる複素数の値をとる三角関数のような周期関数で引数のSに関して周期1の振動する関数です。ここで 1/h がMKS単位系で、つまり日常の現象に関してとても大きな数(逆数ですから、、)であることを考えると日常生活での経路がすこし変化したことによる作用積分の変化はMKS単位で大体1程度と考えられますから、1/h をかけ算した値はとても大きなものとなります。つまり日常生活を表す経路(世界線)のちょっとした変化、(例えば髪の毛がちょっと揺れたぐらい?)による確率振幅の変化はとてもとても激しいものとなります。実際に実験で観測される事象に関する確率振幅は似たような事象に関する確率振幅を重ね合わせたもので与えられますので、経路が少し変わったときの効果を取り込むとほとんど打ち消しあってしまうと考えられます。よって古典極限つまり h がとても小さいと見なせるような現象では経路がすこし変化しても作用は変化しないような経路だけが主たる寄与します。これは解析力学で学んだ最小作用の原理に他なりません。量子論をここで議論したような確率振幅の重ね合わせの原理に基づいて理解しすると、その古典極限からニュートンの運動方程式がリンゴの木から落ちるリンゴを観察しなくとも、論理的に導出できることになるのです。

重ね合わせの原理から経路積分へ:確率振幅がある種の波動で重ね合わせの原理がなりたつものであるとすると。特定の事象が起こる確率をあたえる確率振幅は可能な経路に対する確率振幅をすべて重ね合わせたものとなります。防波堤の中の波の高さを理解するには防波堤やそれ以外のいろいろなところから跳ね返ってきた波をすべて重ね合わせることが必要なことや、先ほどの消音ヘッドホンをかけたときに聞こえる消音化された音は、外部からの音とヘッドホンからの音を重ね合わせなければならないことと同じです。先ほど古典極限を説明するときには黙って使ってしまったぐらいにこれは波動の基本的性質です。経路積分とはこの確率振幅に関する重ね合わせの原理をすこし上等かつ形式的な表現として書き下したたものにすぎません。繰り返しますと、特定の事象が起こる確率振幅は「可能な全ての経路に関する確率振幅をすべて重ね合わせることで与えられる」のです。経路についての重ね合わせは足し算、それを区分積分法として連続に足し算するため「経路積分」とよぶのです。形式的には名前のとおり粒子の通過しうるすべての道(経路、Path )について総和をとる(積分する)ことにより得られた量(数)、ならびにその計算法を指します。

この経路積分は、最近は、多くの啓蒙書でも有名な R. Feynman によって発明された概念で、以上の議論も基本的にFeynmanによるものです[Link]。ここでご説明したように量子力学はこの概念にもとづいて構成すると非常に理解しやすいものとなります。またこのような経路に関して和をとる、つまり積分するという視点は現代の物理学ではとても重要な意味を持ちます。例えば、量子統計力学や多電子系の量子論、ベリー位相等幾何学的位相の議論では不可欠の理論的概念となります。これらに関してはまた節を変えてご説明したいと考えています。

Feynmanは冗談だけいってるわけでなく、ホントにえらい!!